【Tの日常】シリーズ:いわゆる只の日記。暇つぶしにでもどうぞ。
急に寒くなった、ある秋の夜のこと。
その日は、残暑厳しい日々の中突然訪れた、秋らしい爽やかな涼しさの日だった。
Tはその日、珍しく仕事終わりが遅くなった。
職場を出たのは、早い日なら既に帰宅しているような時刻であった。
秋の夜風に吹かれ、すっかり夜の暗さになった街を歩く。
ふと、
Tは「ビールが飲みたい」という欲求を感じた。
これは彼女にとってはとても珍しいことであり、数年ぶりに感じる欲求であった。
というのも、数年前に酒を飲んで体調不良に見舞われて以来、怖くなって酒から遠ざかっていたのだ。
「飲みたい」という欲求すら沸き起こらなくなっていたというのに。
珍しいこともあるものだ。
それならば、と彼女は素直に感情に従った。
久々に居酒屋なんかに行って、ちょいと飲んでみようか。
1人でも行けそうな、良さげなお店がないかな。
そう思ってスマホを取り出し、付近のお店を探し始める。
乗り換えする駅の近くに、それなりにお店があったような。
よし、と狙いをつけて行ってみた。
平日だがお店はちらほら賑わっている。
皆誰かと一緒にいる。がやがや。
彼女は1人。
…どうしよう、怖くて入れない。
そう、Tは自意識過剰な内向的人間であった。一人旅なんかしているくせに。
店頭に置いてあるメニューを見ても、1人で食べるのにあまり向いてなさそうなものばかりに思える。
でも、
思いの外寒いし、もうお腹減りまくっているし、早くどこかのお店に入りたい。
それなのに、いざ目の前にすると、なんか微妙に思えて抵抗感を感じてしまう。
おまけに、入るための一歩の勇気も出てこない。
この既視感…
モアルボアルでバーに突撃しようとした時と同じやないか。
ひとしきりウロウロして、結局諦めて帰路についた。
こうして、
かなり久々に感じた飲みの衝動は、
同じく久々に感じた自意識過剰の恐怖に打ち負かされたのだった。
ああ…
自分に負けた。
飲みたかったのに。
お店でビール飲んで、あわよくば他の人と仲良くなったりして飲み友作りたかったなあ…
風が吹き荒れて寒い。
半袖から丸出しの腕は、鳥肌総立ちだった。
昨日作った豚汁、食べよ。
Tはトボトボと家に帰り、沢山作った具だくさんの豚汁を電子レンジで温めて食べた。
うん、美味しい。
私天才だわ。
思いの外、満足した。
ビールも外食も、新しい飲み友達も、また今度リベンジしよ。
そう思ってTは、
久々にエアコンなしで快適に過ごせそうな涼しい秋の夜を1人過ごしたのであった。
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